ちょっぴりこむつかしいかも その5

行動論の登場

シカゴ学派の運動プラス・アルファが行動論改革に内摂されていることを忘れてはなりません。

もしプラス・アルファがなければ、多くの時間を使って同じ現象にわざわざ2つの違った名前を付けて悦に入っているだけに過ぎないということになります。

1930年代初期にヨーロッパの社会科学者がアメリカに流入し、アメリカの研究者に何らかの影響力を及ぼしたことも挙げておく必要があろう。

ヨーロッパからの流入研究者の貢献は社会現象、政治現象を分析する上で有効な新しい方法(社会学的方法、心理学的方法など)を紹介した点に求めることが出来るでしょう。

ちょっぴりこむつかしいかも その4

行動論の登場

H.Lasswellの政治学の特質はこれら3冊の主著書のタイトルが明らかにしてくれています。

彼は政治研究とは勢力の内容とその主体に関する研究であると規定し、「誰れが、何を、いつ、いかにしてうるか」という政治の不変のテーマを動態的に分析し、現代政治学の発展に多大の功績を残しました。

1920~30年代のシカゴ学派こそ政治行動論者の論理的・直接的先走者であったと言ってもおそらく誇張ではないでしょう。

政治学の自然成長を中断し、妨害した戦争がなければ、両者の関係はもっと明白であったでしょう。

ちょっぴりこむつかしいかも その3

行動論の登場

政治権力の研究は以前から政治学の主要テーマの1つでありMachiavelli、Hobbesにその先達を求めることが出来よう。

しかし、C.Merriamらのアプローチは活性や体系性・学際指向性という点で画期的でした。

C.Merriamは1925年にNew Aspects of Politics、1934年にPolitical Powerを発表しました。

さらに彼は1920年代にすでに第2次大戦後の政治学の発展の多くを予想したし、今日の著名な政治学者をいく人か教育し啓発した。

H.Lasswe11は門下の1人であるが1936年にPolitics:Who Gets What、When、How?を、1948年にはPower and Personalityを、1952年にはA・Kaplanと共にPoweralld Society:A Frame work for Political Enquiryを発表しました。

ちょっぴりこむつかしいかも その2

行動論の登場

1920年代は政治学の新時代を画する時代でした。

その改革運動の旗手は当時シカゴ大学に集まった政治研究者のグループでした。

彼らは憲法体系の枠組や政治制度の研究から政治集団や政治的行為者としての個人の行動に焦点を移動させ、心理学・社会学・経済学・数学などから生まれたアブ博一チを発展させ、自然科学、物理学に政治学を接近させようとする運動に身を投じました。

そのスローガンは"政治学をより科学的な学問に"でした。

CharlesMerriamとその門下生HaroldLasswellらは第1次大戦によってマス・メディアを媒介とする政治宣伝の威力(大衆操作力)を経験し心理学の領域へ侵入しました。

彼らは"権力"とか"カ"を政治研究の中心に置き、心理学、社会学、およびSigmund Freudの精神分析学などを利用し、政治エリートの概念などをめぐる討議を拡大していきました。

ちょっぴりこむつかしいかも その1

行動論の登場

行動論登場の背景行動論登場の背景にはおよそ次の3つの理由がありました。

その第1の理由は1920年代のCharles E.Merriamを中心とするいわゆるシカゴ学派Chic.agoSchoolの政治学革新運動の存在。

第2はヨーロッパからアメリカへの研究者の大移動に伴う社会学・心理学の諸アプローチの流入。

および、第3には、第2次世界大戦が政治学に与えたイソパクトです。

選挙について知ろう・・・その5

キャッチフレーズは、大変大切なものです。

かつて社会党の方が訴えた「青年よ銃を取るな」という訴えは、広く青年の胸を打ちました。

日教組の「教え子を再び戦場に送るな、という訴えは、献しました。

また、自民党の人が「所得倍増」眉つばだと思いつつ共鳴しました。

このようにキャッチフレーズ、セールスポイントの効果的な利用は、選挙にとって重要な位置を占めています。

それは国政選挙のみではなく、各級のの地方選挙にとっても大切なことだそうです。

たとえば、ある地方の候補者は、「市民のよろこびを生きがいとして」と言うキャッチフレーズを作りました。

きわめてありふれたフレーズですが、候補者が55歳を過ぎた定年退職者だったこともあり、フレーズと候補者がぴったり合って、有権者の間に浸透し、見事当選を果たしました。

また、前回最高点当選といわれながら落選してしまった候補者が、再起を期した選挙では「雪辱」という二文字をひたすら訴え続けました。

結果、同情票も含めて、見事トップで当選、返り咲きを果たしました。

キャッチフレーズは、候補者と共鳴して大きく響くようなものをつくらなければ成功しないという教訓です。

情勢を見ながら、有権者の胸にしみこむようなキャッチフレーズを考えるのが近道のようです。

選挙について知ろう・・・その4

選挙事務所のムードは大変重要だといいます。

事務所を訪ねてくる支持者がいい印象を持つということは、勝利への第一歩です。

「あの事務所はムードがいいよ」といううわさがロコミで広がり、これで得られる浮動票もばかにならないそうです。

また、選挙事務所の空気は選挙情勢を素直に反映するものです。

敗ける候補の事務所は活気がなく、事務所としての機能が失われています。

勝てる候補の事務所はその反対です。

だから、これをみて判断するほうがへたな情勢分析より的確なこともあるそうです。

選挙事務所のムードを高めるためには、事務所で食事をすることだそうです。

運動員は同じ釜の飯を食べて頑張っていると勇気づけられ、炊き出しの婦人たちにも喜ばれ、事務所全体の動きがいっそう活発になります。

候補者は、遊説で事務所に食事時に戻れない場合など特別な事情を除いて、必ず事務所で運動員と一緒に食事をするようにすることが大切だそうです。

選挙について知ろう・・・その3

選挙戦に突入すれば、強い候補、弱い候補は、おのずと判明してきます。

そこで、弱い候補の地元に対しては攻めて攻めて攻めまくること。

場合によっては、他の強い候補と一緒に切り崩しにいくのもよいそうです。

文字通り弱肉強食なのですね。

遠慮してはいけないようです。

もし自分が弱ければ、そうされると思っても良いくらいだとか。

他候補から票をとってくるということは、二倍の票の重みがあります。

弱い候補を叩くということはそれだけ自分が勝つ確率が高くなります。

また、他候補の支援団体をはがしてくることは大変有効です。

自分の支援団体と友好関係にある団体については、引っぱり合いをしてみることです。

こちらに来ればしめたもの、来なくてもともと、ですね。

選挙について知ろう・・・その2

地元を固められない候補者は、選挙に勝つことはできないそうです。

他候補に地元を食い散らされてしまうからです。

地元をしっかり固め、「あの候補の地元からはそう多くの票は取れない」と他候補に思わせなければなりません。

地元をしっかり固めておかないと、いろいろな情報も手に入りにくいものです。

「地元はこんなに固まっているぞ!」というデモンストレーションを、告示日の出陣式、遊説にあたっての出迎え、車の先導、選挙事務所の炊き出し動員など、選挙の節々に誇示することは、きわめて有効です。

また、選挙の最終盤には、他候補からの買収や切り崩しを防ぐ意味で部落ごとの夜の張り番も行われています。

これも有効だそうです。

実際に張り番を出しても、札束攻勢や、切り崩しをどれだけ防げるのかは疑問だが、「○○陣営は張り番を出したぞ!」という情報は、他陣営に相当な心理的圧力を加えるものなのです。

選挙について知ろう・・・その1

常に候補者は、票の拡大を考えて行動することが大切です。

そのための手っとり早い方法の一つが、朝立ち、夕立ちといわれるものです。

自分の組織したところだけを固めていては、票は拡大しませんよね。

やはり、自分の支持者以外の有権者に、より幅広く訴えかけること。

それも本人が直接、自分の声で訴えるのが理想です。

朝の出勤時、夕の帰宅時、買物時、もっとも人の交通量の多い場所(駅前、団地の入口、商店街など〉でマイクを使って訴えるのは、選挙の有無にかかわらず、定期的にやり抜きたいものです。

これは必ず評価されるはずです。

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