ミュージックホールなどなど
ボディーコビーにこうあります。
「絹の靴下は足を美しく見せましたが、ナイロンの靴下は、かえって醜く見せることがわかりました。
それというのも、あまり透きとおって、足の肌が丸見えになるからです」。
つまり、肌の露出にともなう全身美容の必要性を提唱したものです。
「戦後強くなったのは、女性と靴下」といわれたナイロンストッキングの流行が、女性の化粧法を変えていったことを物語るものでしょう。
しかし、この当時、ナイロンストッキングは、まだまだ貴重品で、市販価格が一足800円。
いまの値段に換算すれば1万円以上です。
そう簡単に買えるものでもなかったのです。
だからこそ、「憧れの商品」でもあったのでしょう。
この年はまた、性の解放がすすんだ年でもありました。
男性向けのファッション雑誌『男子昨科』は「男性の性的魅力を創る特集」を組み、東京・有楽町には、日劇、ミュージックホールが開場。
ヌードショーが都心に進出したとして話題をまいたのでした。